2009年09月20日

姓 名 判断 その2

時代は飛んで、江戸時代になると、寺院の寄進帳には、その村の全ての農民が名字を記入している例が大半で、小作人までもが名字を持っていたという文献も数多く残っているそうです。

一部には名字を持たなかった庶民、何らかの理由で名字を失った庶民がいたとも想定されています。

明治維新直後、明治3年(1870年)9月19日の「平民苗字許可令」さらには明治8年(1875年)の「平民苗字必称義務令」により、国民はみな公的に名字を持つことになりました。

この辺りが、「 明治維新までは、一般庶民に名字が無かった!」の根拠のように思われます。

面白いのは、「平民苗字許可令」直後で、公家出身のほとんどが藤原姓、武家出身がほとんどが源姓 を名乗ってしまったことです。

明治4年に、姓尸(セイシ)不称令が出され、以後、日本人は公的に本姓を名乗ることはなくなりました。

この時点で、いわゆる、本姓は「姓」、氏および名字は「苗字」、かばねは「尸」というように分類されました。
posted by 姓 名 判断 at 17:10| 姓 名 判断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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